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部の民 [歴史]

中国からの文物の招来は、遣隋使や遣唐使という公式な国家行事であったために歴史に記録が残ったが、朝鮮からの文化の招来は無名の人たちの渡来で伝わったために歴史に記録がほとんどない。庶民の生活文化、稲作、鋳鉄、縫製などは、多くの朝鮮テクノラートによって伝えられたと推測できる。
現在日本の姓で「部」がつく名字を考えてみると、服部・海部・園部・渡部・綾部・神部などが思いあたるが、部の前の漢字は、すべて何らがの技術を示していることに気づく。これらは部の民と称されるが、おそらく朝鮮から渡来したテクノラートに由来すると考えられる。同名の地名が京都周辺に多いのも、そうした技術者集団の居住地を伝えてものではないだろうか。
朝鮮からの渡来は歴史の記述より更に古く、朝鮮の小国分裂や漢の迫害などから逃れて海をわたった人は多くいたようだ。ただこの検証ができていない。そこで日本人は中国からの文化の招来については認めるものの、朝鮮の日本文化に対する寄与については正確に評価されていない。また渡来人によってもたらされただけに、その後日本人の中に溶け込んでしまったことも起因しているのであろう。しかし詳細にみると、名字や地名にそれを暗示するものがある。ちなみにわたしも部の民の子孫らしい。




タグ:渡来人
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